いずれ重なる

 兵頭十座には隠し事がある。

 以前であれば見た目にそぐわぬ甘味好きという嗜好であった。それが今では周知の事実だ。ここ、MANKAIカンパニーで役者の道へ足を踏み入れ生活するようになってから三年。この想いが芽生えたのは果たしていつであろうか。自覚した今となっては旗揚げ公演の頃には既に芽生えていたのではないかとさえ思え、途方もない。
 顔を合わせれば口喧嘩ばかりしているが最近─…そう、満開公演で彼の身に起きた顛末を経てからはまともな会話も成り立つようにはなった。言葉は粗野であっても第六回公演、第八回公演での自分をフォローする言葉を思い出す度に胸が締め付けられた。
 その言葉に特別な意味などなく。だからと言ってリーダーとしての建前から…などと上っ面なことをするような奴でもない。建前で動くほど冷めた奴ではないから。だから余計に苦しくなった。受け取る言葉の数々に。

 兵頭十座は摂津万里に恋をしている。

「おい、兵頭」
 自室のデスクで台本読みをしていた兵頭十座が名前を呼ばれ顔を上げると同室の摂津万里も台本読みの最中だった。十座のデスク傍に歩み寄った万里は台本に視線を落としたまま言葉を続ける。
「ここの『千里』と『兵太』のやり取りなんだけどよ」
 七尾太一主演の秋組第九回公演も公演日を折り返し、千秋楽直近だ。十座は例に漏れず今回も時間を掛けて『兵太』という存在に何度も向き合った。そして苦しくなった。何度も物語を咀嚼し、登場人物達の色鮮やかな関係と青春を、群像劇を、仲間達と作り上げ、十座なりに役作りをして行けば行くほど『兵太』という登場人物の内面に己を重ねてしまう自分がいた。

 ─兵太にとっての千里は十座にとっての万里そのものだ。

 多趣味で話題が豊富でMANKAIカンパニーの仲間内それぞれと違う趣味で意気投合する万里の姿を視界の隅でそっと捕らえる度に、十座は芝居か甘味かのほぼ二択の話題しか紡げない自分に嫌気が差した。勿論、十座は多趣味で話題が豊富になりたいわけじゃない。
 十座はいつも思う。

隣室で一夜を過ごし帰らない夜に。
気の置けない仲間との足取り軽い買い物に。
好きな音楽について楽しげに語らう声に。
嗜好の合う相手との気の利いたカフェやバー巡りに。

 万里の日常風景はこれからも変わらない。そこに十座が交わらないという点において。

 そうして『大地』と『千里』。二人の絆に焦がれる『兵太』を十座は〝うっかり〟捉えてしまった。
 気付いてしまった。羨ましかった。望んでしまった。どうしようもなく焦がれていた、摂津万里に。

 十座はそんな己を重ねた〝役作り〟を『兵太』にしてしまった。捉えたのは己の心で。羨望を投影してしまった。幼馴染という関係性は演じれば演じるほど二人の間には踏み込めない絆があることがひしひしと伝わってくる。それを主演、準主演二人の熱量が同じ板の上に立つ十座の心に、全身に、訴えかけてくる。

『いい加減、解放してやれ』

 このセリフを紡ぎ出す時、どうか声が震えないよう、私情を挟まないよう、祈るような気持ちで毎公演を迎えるのは正直骨が折れた。
 台詞に乗せる感情を決して間違えないよう、細く息を吐いて─

 台本の該当場面へ視線を落とす十座に万里は変更したい内容を伝えた。

「ここのニュアンス、ちょっと別の意味も入れてぇんだけど。今日のお前のヘマでやっぱ変えっかと思ったんだわ」
「……ヘマ?」
 台本から視線を上げた十座は〝ヘマ〟の一言に眉間の皺を深くする。睨み付けるように見上げた万里の表情に揶揄いの色はない。
「ヘマっつーかいつもと違った。今日のお前の『兵太』は幼馴染って関係性がどっか羨ましいみたいなのが滲み出てた。お前って幼馴染とか憧れるタイプなん」
 〝しまった〟と思った。瞬間、顔を逸らしてしまい余計にこの反応はまずかったと十座は後悔する。これでは〝羨ましいです〟と答えているようなものだ。そんな十座の動揺した様子に万里は目を瞠った。
 これ以上の会話は望まないという拒絶と明日からの芝居について話を続けたい責任感で感情が綯い交ぜになって動揺を隠せない十座にコイツ本当に役者かよ、と万里は心の隅で呆れてしまう。売り言葉をぐっと呑み込み、十座からの答えは一旦諦めることにした。
「俺は羨ましく思ったことねぇな。太一と一緒に『大地』と『千里』って幼馴染演じんのは新鮮でおもしれーけど実際いたらめんどくせぇだろ。幼馴染も悪くないなんて思えるの、紬さんと丞さん見てる時くらいだわ」
「……紬さんと丞さんが羨ましいのか、」
 万里としては〝いい関係〟の代表とも言える二人の名を挙げただけの話であったのだが十座は別の意味を感じ取り、自分に言い聞かせるように反芻した。そんな十座へ「羨ましくねぇって言ってんだろうが」と万里がツッコミを入れるも聞こえているのか分からない様子の十座に万里は盛大な溜め息を吐く。

 処理落ちしやがって…
 この思い込みのネガティブ大根野郎

「おい、こっち向け」
 弾かれたように顔を上げた十座の表情は万里から今初めて声を掛けられたとでも言うような間抜け面そのもので万里は思わず破顔する。
「ハッ、マヌケ面」
「んだと」
 破顔する万里の表情を十座が正面から見る機会はあまりない。十座に対してはほとんどが揶揄いを含んだしたり顔だ。十座は第八回公演の際、自分に向けられた万里の笑顔を思い返す。
 満開公演を終えてから初めての秋組公演。主演の自分。客演での失態…。
 今まで以上に沢山の人に支えられた公演だった。
 いつだってどの公演だって多くの人の支えがあって成り立っている。私情に気を取られている場合ではない。今回の公演を『兵太』として支えたい─
「……自分で演じてて気付かなかった。明日は切り替える」
 口車に乗せられかけた自分を律して十座は訥々と答えた。その言葉に万里は思案する。別に明日切り替えなくとも良い。幼馴染への羨望。そこに一体どんな想いがあるのかを知りたい。顔を背けたからには知られたくない理由なのであろうが『千里』と『兵太』に残された時間も残りわずかだ。悔いなく演じきりたい。
 口を閉ざす十座の様子を見て万里は自分から歩み寄ることにした。

「…『兵太』は一歩退いてバンド内を見てるよな。そんな奴が何を思い何を抱くか、幼馴染という関係をどう捉えているか。お前が役作りしたんだ。俺に言われるまでもねーだろうけど」
「……」
「俺は気に入ってるけどな『兵太』。『いい加減、解放してやれ』ってあの台詞は正直感情の乗せ方間違えるとめんどくせぇけど」
「お前も、そう思うのか」
 言葉を模索するように一拍置いてぎこちない反応を示した十座へ万里はこの流れを逃すまいと矢継ぎ早に続ける。
「思うに決まってんだろ。俺が『兵太』演じたらどうするか考えたわ」
「答えは、」
「教えねー」
 先程より幾分かは翳りの消えた十座の好奇心を孕んだ瞳に万里は悪戯な笑みで即答した。

兵頭十座が自分の幼馴染であったなら──
俺は解放してやれねぇから。
  ──だから『兵太』は演じられない。

 目の前にいるこの男を手放したくないと思う心にあの時、気付いた。この核心を伏せはしたが太一へ語った通り、死んでも負けねぇ気持ちは捨てられないし芝居で誰にも負けたくねぇのも本心だ。
 ただ、その気持ちの先に強く思い描く誰がいるのか。

 一番に〝なりたい〟ことがある。
 ……いや。一番で〝あり続けたい〟ことがある
 お前の死んでも負けねぇ一番で〝あり続けたい〟

 そんな俺が『兵太』として『いい加減、解放してやれ』なんて言葉を紡ぐなんざ。嘘でしかない。きっと俺の演じる『兵太』は目の肥えた観客にそれを見抜かれちまう。芝居に表れちまって誤魔化せない。
 俺は兵頭十座が欲しいんだ。それが板の上で一番に伝えたい本人より先に観客にバレるなんて最悪だろう?

「でもま、『千里』と『兵太』だけの友情も関係も確かにあるんだ。そっちを詰めてこうぜ。幼馴染への憧れなんざいらねぇだろ、コイツらの間には。演じてて分かんねぇの?」
「っ………『千里』と『兵太』は、きっと二人だけで将来について話したりRadRedについての想いを語り合ったりは……していたと思う」
「たりめーだ、じゃなきゃ『いい加減、解放してやれ』なんて突然言わねぇっつーの」
「けど、……『兵太』が自分自身に言い聞かせていた可能性だってある」
「………。」

 ああ、そうだ。だから好きなんだ。
摂津万里は兵頭十座が好きだ。認められなかったこの感情も満開公演以降、悪くないとそう思える。
 言い聞かせたのは『本当は自分も〝大地〟から解放されたかったからか』それとも『隠し続けた〝幼馴染〟への羨望から解放されたかったからか』

 なぁ。お前の『兵太』を聞かせてくれよ、兵頭。

 答え合わせはもうできてる。
けど、なんでそんなに焦がれる『兵太』が生まれたのか。お前の心を聴かせてほしい。

 ─ 了 ─

あとがき
秋組第九回公演劇中劇が消化しきれず書いた初めての摂兵です。いつか千兵も書いてみたいなと思うものの派生パロ以上に演じた二人が役を通して何度も恋に落ちる姿が見たいので多分ずっと万里くんと十座くん二人のことばかり書いてると思います。個人サイトへの移行にあたり試行錯誤していたのですが段落等を意識せず雰囲気で改行してあって頭を抱えました。まぁいいか、の精神でそのまま雰囲気改行です。Twitterに文庫メーカーで公開したものなので縦書きの方が読みやすいかもしれません。右下の本アイコンをクリックすると切り替えできます。
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