重に及
重ねて及んだその先に。
熱が出た日は不安に負けないように脳裏に焼き付けたあの光景を思い返した。何度も、何度も。
夢見たあの舞台を───
「兄ちゃん! おはよ!」
オレは兄ちゃん── 秋組所属・兵頭十座を見つけると駆け寄って抱き付いた。
「おはよう、九門」
オレの頭を優しく撫でる大きな手に目蓋を閉じる。大好きな手。兄ちゃんの頼もしくて優しい手だ。兄弟水入らずの時間を非難するような舌打ちが聞こえてきて視線を動かすとそこには予想通り、“自称”秋組リーダー・摂津万里が立っていた。舌打ちしてまで存在主張するとか万里はどこまでもガキくさい。
「臣さんの朝ご飯なにかな〜」
「ああ、楽しみだな」
万里を無視して談話室へ移動しようとしたところで秋組所属・七尾太一さんと目が合った。太一さんおはよ!と声を掛けると少し困ったような笑顔で手を振り返してくれる。そうして側に近付いてきてそっと耳打ちした太一さんの言葉にオレはしがみついたまま兄ちゃんを見上げた。
「万チャンが寂しそうッスよ」
太一さんは優しすぎると思う。舌打ちする奴に構う義理なんてないし構ってほしいなら挨拶の一つくらいできないと。じゃないと兄ちゃんを任せられないし認められないよね。いまや小学生男子も真っ青になるレベルの万里の愛情表現じゃ兄ちゃんは任せられない。太一さんの言葉が聞こえなかった兄ちゃんは不思議そうにオレと太一さんを見下ろしている。兄ちゃんの様子に太一さんはあはは、と困ったように頬を掻いた。
「おはよう、太一。どうかしたか」
「十座サンおはよー。ん〜………何でもないッス…」
「ハッ! 朝から見たくもねーブラコンのウザ絡み見せつけられて太一も絶句してんだっつの! 分かれやウスノロ大根」
万里!今日はもう許さねー! そう思って万里に口撃しようとした瞬間に太一さんが慌てて間に入った。
「もうっ万チャン!! 俺っちそんなこと思ってないッスからね!! みーちゃんとまーくん元気かな〜」
兄ちゃんは太一さんの様子に微笑んで返したあと、瞬時に万里を睨み付けた。返ってきた反応に万里が満更でもなさそうに挑発めいた笑みを浮かべる。
「やんのか?」
「ふん。やらねぇ。バカに構ってたら折角の臣さんの朝飯が冷めちまう。太一もこんなの放って一緒に行くぞ」
兄ちゃんの言葉に万里が詰め寄ろうとしたところで朝が弱い冬組リーダー・月岡紬さんが眠そうな目をして洗面所に入ってきた。
「四人ともおはよう」
紬さんの朗らかな声に万里が握った拳を下ろす。ふーん、紬さんの前になると途端にしおらしくなってやんの。
「紬さんおはっす。先行ってます」
「ふふ、仲良しだね」
扉が閉じる直前、紬さんの楽しそうな声が聞こえた。それに返す万里の言葉は聞き取れなかったけど。どうして兄ちゃんにはこんなに反発するんだよ……───
✧✧✧
「セッツァーの気持ちが分からない?」「万里さんの気持ちが分からない?」
オレの言葉に二〇二号室の二人…三好一成通称カズさんとオレの自慢の従兄弟!向坂椋…は声を揃えると顔を見合わせた。オレすっごく悩んでるから万里のことをよく知ってるカズさんと少女漫画で俺様とかツンデレとか色んなタイプに詳しい椋に聞いてもらいたかったんだ。
「……だって万里の奴……兄ちゃんのこと好きじゃん。なのに仲良くするどころか喧嘩売ってばっかだし…そのくせ他の皆とは楽しそうに笑ってて」
「あ〜〜。くもぴはセッツァーの対ヒョードル天邪鬼が理解に苦しむと…」
「……うん。好きなら好きでいいじゃん」
「九ちゃんは十ちゃんと万里さんに仲良しでいてほしいんだね」
椋の言葉に万里と仲良しは癪だけど…と複雑な気持ちで頷いた。万里のこと認めてないわけじゃないんだ。本当は夢見てたんだ。
「一成いるか?」
ノックと共に扉の向こう側で響いたのは万里の声。その声に思わずオレは椋のソファと本棚の隙間に隠れた。そんなオレを隠すように椋が座る位置を移動してくれた。
「はいはーい!どぞ〜」
開いた扉の先で万里がカズさんに本を手渡すと悪戯するみたいにニヤッと笑った。
「これ面白かったわ。あ〜……あと、」
「込み入った話なら中入る?」
カズさん!ダメダメ!!オレ隠れた意味なくなっちゃう! 祈るように両手をぎゅっと握り締めると万里はいい、と断った。あ、危ね〜〜〜。
「九門のやつ。最近やたら視線感じんだけど最近兵頭と喧嘩してねーし気が散んだよ」
「そっかそっか〜。とりまさりげなく聞いてみるわー」
「や、別にそのまま放っといてもいいんだけどな。その内、兵頭が九門の様子に気付いて“ちょっかい掛けんじゃねぇ”って意味分かんねー因縁つけてきやがりそうで面倒」
万里のことそんなに見てるつもりないけど!?自意識過剰じゃん!!てーか兄ちゃんと喧嘩してないって毎日してるだろ!?どういうこと…? オレが混乱してる内に「んじゃな」と万里は片手を挙げると去って行った。少し沈黙した後にソファと本棚の間から這い出る。
「………毎日喧嘩してるだろ!」
相手のいないツッコミほど虚しいものはない! オレが盛大に叫ぶとカズさんと椋は困ったように微笑んで顔を見合わせた。
「セッツァーとヒョードル基準だからね〜」
「多分二人にとっては戯れ合いなんじゃないかな」
戯れ合い!?あんなガン飛ばし合う物騒な戯れ合いある!? 椋からまだ借りたことがない少女漫画を片っ端から借りてみよう…と考えながら立ち上がる。
「…でも戯れるんならもっと仲良い感じがいい…。ワンダーラッシュみたいな…」
オレの一言に犬耳姿の兄ちゃんと万里を想像したのかカズさんが「激レアやばたん」と楽しそうな声を上げた。うーん、でも犬耳はちょっと違うかな……。
もっとこう、ランスキーとルチアーノみたいな…
「二人ともありがと。オレもう少し考えてみる」
「くもぴ。思い詰めすぎちゃダメだよん」
「協力できることがあったら何でも言ってね、九ちゃん」
優しい二人に元気よく笑ってみせると「おやすみ!」と挨拶をして部屋を後にした。
多分。……いや。本当はオレの中で答えは出てるんだ。観劇したあの日からずっと夢を見ている。オレは…──
部屋に戻ると斑鳩三角通称すみーさんに「ただいま」と「おやすみ」を伝える。そうして明日この気持ちを確かめる為にそっと目を閉じた。
✧✧✧
朝が大好きだ。
───いつも思う。朝が来てよかったこと、目が覚めて嬉しかったこと、起き上がれて安心したこと。
朝顔は兄ちゃんのシンボルだった。母ちゃんが早朝に生まれた兄ちゃんに朝顔の柄の服を選んだりしてたのを幼いながらによく覚えている。すごく似合っていて、朝は兄ちゃんで、朝に満開の花を咲かせる朝顔はオレにとっては兄ちゃんそのもので憧れだった。いつしか兄ちゃんとお揃いがいいとせがむようになって、そうしたら兄ちゃんはこう言った。
『九門は朝顔みたいだな』って。
嬉しくてはしゃいで母ちゃんもそんなオレたちを見て笑っていた。そうしていつの間にか朝顔はオレのシンボルになった。モーニンググローリーって知った時、めちゃくちゃかっけー!てなったもんな。栄光の朝だ。
今日はやることがある。勝負事は朝が大事だから気を引き締めないと!夜になったら三人揃ってるといいな。それまでにちゃんと話せるように気持ちを整理しとかないと。
昼休み。莇を誘って昼ご飯を食べ終えたオレはぼんやりと空を眺めた。
兄ちゃんはいつも誤解されてきた。
オレの大好きな兄ちゃんは真っ直ぐで強くてかっこいい。けど本当は強くない。すごく優しくて、たくさん傷付いてきた人だ。考えすぎて言葉はヘタクソだし、椋との関係がギクシャクしていた時期もあった。その当時、オレは二人の間に入ろうとして、───拒絶された。兄ちゃんからの初めての拒絶は恐怖だった。今思うと高校時代の兄ちゃんには触れられなかったように思う。知っているのに知らない人。距離があって悲しかった。兄ちゃんは喧嘩のことは一切オレ達家族に近付けないようにした。中学までとは違う変化。兄ちゃんの誤解されて避けられていた日々は、誤解されて付け狙われる日々に変わった。本当は喧嘩なんて好きじゃないのに。オレにとっては強さは誰かを幸せにするものと同時に強いその人を傷付けるものだった。強い人は必ず傷付く。強いから。強いから誰もその人の弱さや悲しみに気付かない。強さは孤独とセットで、その強さも孤独も分からない自分が悲しかった。
兄ちゃんが家を出て行った日、目の前が真っ暗になった。
どうしよう。熱ばかり出してマウンドに満足に立てなくて兄ちゃんを甲子園に連れていくって約束すら果たせそうにない情けないオレのこと必要なくなっちゃった?前に進もうとしてる兄ちゃんを応援したいのに怖い。また拒絶されたかも。──違う。兄ちゃんはオレや母ちゃん父ちゃんを拒絶したりしない。あれは拒絶じゃなくてオレや椋を守る術だった。不器用な兄ちゃんが唯一できたこと。
兄ちゃん、甘えてばかりでごめん。兄ちゃんに嫌われるのが怖いよ。だって兄ちゃんは本当は諦めてきた人だから。家族のことまで諦めないでよ。椋は噂で傷付くほど弱くないよ。もっと頼ってよ。家を出た先で兄ちゃんが誤解されていないか心配だよ。
色んな思いをぐるぐるさせて初めて観劇したその日。目の前が明るくなった。
───ルチアーノとランスキー。
ルチアーノ役の摂津万里。兄ちゃんを分かってくれるかもしれない人。楽しそうな兄ちゃんの姿に舞台上がキラキラと輝いて見えた。兄ちゃんが笑ってる。ようやく見つけた兄ちゃんの居場所がそこなんだね。寂しいと感じるよりも何故だか火が点いたように胸が熱かった。まるで本物の相棒みたいで、ランスキーみたいに兄ちゃんも信頼できる相手を、仲間を、見つけられたんだと思った。あんな演技、仲良くないとできないよね。兄ちゃんにも頼れる相棒ができたんだ!!
……まぁ。結果、兄ちゃんにあとから話を聞いてがっかりしたわけだけど。
野菜ジュースを飲み切って、パックに空気を入れたり吸ったりしているオレに莇が「行儀が悪い」と注意をした。パックを置いて莇をじっと見つめる。莇は二人のことどう思うんだろう。
「莇には兄ちゃんと万里ってどう見える?」
「は? あー…小学生の喧嘩みてぇかな」
「莇の前でも喧嘩ばっかなんだ」
「まぁ大体張り合ってんな。けどそこ怒んねぇんだ、とか突然遠回しなフォロー入れたりするからビビる」
「万里が?」
「はは。そこは十座さんじゃねーのかよ」
「兄ちゃんは…そこ怒んないんだってタイミングはあっても万里のフォローはしないと…思う…」
「ふぅん。フォローしねぇんだ」
「フォローしないっていうか、まず暫く観察するんだよね。見てるけど言葉にするまでが長いから多分フォローする前に解決しちゃってるっていうか」
そう言ってオレが首を傾げると莇は優しい声で笑った。なんだろう、と思って莇を振り向こうとしたら急に強い風が吹いて、慌てて空のパックを掴む。
「…言葉にしなくても自分をちゃんと見てくれてるってだけで救われてることもあるけどな」
「え? なんか言った?」
莇の声が聞こえたような気がするけど風が強くて聞き取れなかったオレが慌てて振り向くと莇は笑って「なんでもねー」と言った。教えてよー!と莇に抗議したけど笑ったまま最後まで教えてはくれなかった。
そうしてそわそわした気持ちで帰宅したオレは晩御飯とお風呂を済ませてから二〇一号室の扉をノックし声を掛けた。
「天馬さん、幸。……いる?」
「「どうぞ」」
二人からの返事に目を輝かせるとオレは扉を開けた。いた!太一さん!
「どうした? 九門」
「九チャン! お疲れ様!」
太一さんの明るい声に挨拶を返して天馬さんの質問への返事と幸の予定を確認した。
「実は太一さんに用があるんだ、幸忙しい?」
「過去の衣装メンテだから平気」
「よかったぁ〜! 更にお願いがあって…ここで話させて下さいっ!」
「「はぁ?」」
天馬さんと太一さんの不思議そうな表情と幸の迷惑そうな表情にお願い!と両手を合わせる。太一さんの部屋は兄ちゃんの隣りだから避けたいことを伝えると三人は顔を見合わせた。オレの一言で用事が兄ちゃん絡みだと察すると三人はオレの言葉を待ってくれる。みんなありがと…。
「オレ、ベンジャミンになりたかったんだ」
三人にそう言うと恥ずかしくて俯いた。ううん。恥ずかしくなんかない。言葉が引っ掛かって上手く息を吐き出せなくて少しだけ苦しくなって下を向いたんだ。莇との会話を思い出して少し笑うとそっと息を吐き出す。そうしてオレは“なんて素敵にピカレスク”を観劇した当時の思いを語り始めた。
ルチアーノとランスキーがカッコよかったこと。相棒としての二人が大好きなこと。ベンジャミンを見て、思わず自分を重ねたこと。
だから、オレ───
三人みたいな関係になりたかった。万里と兄ちゃんとオレ。ルチアーノとランスキーとベンジャミンみたいに。兄ちゃんが安心できる場所になってほしかったし、オレもそこにいたかった。
「もうなってるんじゃない?」
「へ?」
幸の言葉に顔を上げる。幸は真っ直ぐにオレを見てもう一度言った。「もうなってる」って。真っ直ぐな言葉をなかなか飲み込めないでいるオレに幸が少し呆れ始めた表情をして、天馬さんと太一さんは眉尻を下げて顔を見合わせていた。
「ルチアーノとランスキーってその後も一緒に行動してるけど万里と十座と同じように今も仲良しこよしではないんじゃない。喧嘩して衝突しながら相棒してるんじゃないの? 血の気多いし。ま、それをまだベンジャミンは常に隣りで見守ることはできない状態なのかもしれないけど」
「ベンジャミンが二人の喧嘩する姿を見たらどうするッスかね〜。その先は綴クンの脚本にはない部分ッスよ、九チャン」
「万里さんが十座さんと九門と一緒にいるところを見かける度に俺の目には万里さんが楽しそうに映るけどな」
「だってアンタはもうベッドで寝込んだままの九門じゃないでしょ。自分で選んでその足で立って隣りにいるじゃん」
ベッドで寝込んだままだったら、お見舞いに来た二人が喧嘩する姿を見て穏やかに眩しそうに微笑んだかもしれない。けど、オレは寝込んだりしてたけど今はもう自分の足で、自由に、どこへだって行ける。───その先に、いる。
ここに来た理由。芝居を始めた理由。兄ちゃんの居場所にオレも居させてなんて、そんなの本当は。オレも兄ちゃんと同じように居場所が欲しかったんだ。
「なんだよ…三人してさ……。オレ、ベンジャミンがランスキーに喝入れて見送るシーン大好きなのに」
泣きそうなのバレてないといいな。顔を上げてニカッと笑ったオレに天馬さんも笑顔で応えてくれた。
「九門だっていつも十座さんを励まして送り出してるだろ」
必死で我慢してたのに天馬さんの言葉でオレは泣いた。泣くオレの頭を天馬さんと太一さんがぽんぽんしてくれる。
涙と一緒に想いも止まらない。
「オレ、ベンジャミンを演じた太一さんも憧れだったんだ…」
「九チャン、ありがとう。……へへ、嬉しいッスね」
「だから、太一さんにも兄ちゃんと万里のこと教えてほしかったんだけどっオレぇ…」
はにかんだ太一さんに何度も頷いて、呆れ顔でティッシュ箱を差し出した幸にお礼を伝えて。そうしたら扉が勢いよく開いた。
「くもん」
鼻を噛みながら突然現れたすみーさんに混乱しているとぎゅっと抱き締められた。
「嬉しい時はたくさん泣いていいってじいちゃんが言ってた〜。三人ともくもん連れて帰るね〜」
「ああ。九門、泣くのもいいがしっかり寝ろよ」
「仕方ないから黙っててあげる」
「幸チャン優しいッス! 九チャン、焦らなくていいんスよ。万チャンと十座サンのことはまたの機会に話そ! それと九チャンから見た二人を信じていれば大丈夫ッスよ」
うるさいバカ犬、と幸の照れ隠しを聞きながらオレは二〇一号室をあとにした。すみーさんに連れられて二〇三号室に帰ると莇がいて、涙が止まるまで涙の拭き方を注意されたり止まってからは目が腫れないようにスキンケアをしてくれた。対処法までみっちり指導してからやっぱり莇も呆れたように笑って「おやすみ」と去って行った。莇を見送るとさんかくクンを抱き締めていたすみーさんへ向き直る。
「ありがと、すみーさん」
「んーん。おやすみ、くもん」
「おやすみなさい!」
✧✧✧
「ハァ?! おめー予定忘れてたんかよ」
「忘れてない」
談話室から聞こえる兄ちゃんと万里の喧嘩にオレは慌てて談話室に入ろうとして紬さんに止められた。
「九門くんおはよう」
「おはよ! 紬さん! 兄ちゃんがっ…」
「ふふ、まぁここで少しだけ“観察”してみようか」
観察?そんな流暢なこと言ってられないよ!兄ちゃんが万里に喧嘩売られてるのに…。だけど紬さんは「大丈夫だよ」と優しい笑顔で頷いた。
「ったく…都合悪りぃ一成の代わりに協力してやる俺の身にもなれや」
「ああ? 協力も何もてめぇで当日の為に下見したいって言い出したんだろ。たまたま予約時間が合わなかっただけだ」
「そうじゃねぇだろ、ブッキングすんな甘味バカ!」
……兄ちゃん達出掛ける話してる? オレが頭の中ではてなを浮かべていると紬さんが可笑しそうに笑った。
「折角一成にショーレストラン調べてもらったてーのにふざけんなよ。なんでスイーツビュッフェなんざ予約してんだ!」
「毎回予約開始と同時に即終了してたビュッフェのキャンセル分がどうにか取れたんだ。本当なら来週末が良かったが今日しかキャンセル出なかったんだから仕方ねぇだろ」
「レストランのあとにスイーツビュッフェとか……」
「甘いもん以外にも色々ある。ショーは当日の楽しみに取っとけ」
ショーレストラン……二人で…? けど下見って話してるし誰かを招待するのかな?カントクとか?兄ちゃん…それならオレに声掛けてくれたっていいのに……。一方的な寂しい気持ちと兄ちゃんと万里に仲良くなってほしい気持ちがごちゃ混ぜになる。思わず胸をぎゅっと抑えた。そんなオレに紬さんがそっと肩に手を置いた。思わず見上げると紬さんは真っ直ぐ兄ちゃん達を見ていた。オレももう一度二人に視線を戻すと、カズさんが洗い物を終わらせたのか二人の方へ嬉しそうに歩み寄った。
「ほら、セッツァーもヒョードルも喧嘩しなーい! 二人とも今日は楽しんできてねん! マフィアやギャングスタ演目のショーレストランとかガラ悪すぎて客層気になりまくりでさ〜感想ヨロピコ!」
「ああ。なんなら俺達も試しに談話室でやってみんのも楽しいかもな。それか善さんに直談判」
「くもぴ、ピカレスク公演好きだもんね〜。目の前にルチアーノとランスキー現れたら感動間違いなしっしょ!」
「へ、」
素っ頓狂な声を上げたオレに紬さんがやっぱり優しい目で微笑んだ。しぃと唇に人差し指を当てる。
「はは。二人とも演者側に混じるなよ?」
臣さんの一言へ目を泳がせた二人に紬さんが可笑しそうに眉尻を下げた。
「……気を付けるっす…」
「あー…二人分のお守りとかくそだりぃ」
兄ちゃんの言葉に万里がソファの背凭れへ勢いよく沈み込んだ。自分だって目泳がせてたくせに万里のやつ棚に上げやがって!けど二人分のお守りって……?
「来週くもぴと三人でお出掛け楽しみだね!」
「アイツぜってぇ二人きりがよかったとか言う……」
「お前次第だろ」「万里次第だな」「セッツァー次第だね〜」
三者三様に返された万里が眉間に皺を寄せた。思わず吹き出しそうになる。そうして満面の笑顔を向けると紬さんが「行こう」としゃがんでたオレの手を引いた。
「おはよう」
「おはよー!」
紬さんに続いて元気よく朝の挨拶をする。皆から返ってきた挨拶にオレはニヤけそうになる顔を誤魔化すのに苦心した。──来週。丁度一週間後はオレの、誕生日だから。
「今朝は和食にしたんです。卵焼きたくさん食って下さいね」
「わぁ、ありがとう臣くん」
紬さんと一緒にダイニングチェアに座りながらソファにいる兄ちゃんと万里へそっと目を向ける。そしたら万里とバッチリ目が合った。
「なーに見てんだよ」
「……兄ちゃんのこといじめたら許さないからな!」
「はぁ……苛めてねーっつの。んだよ、なんなら仲良くでもしてやろーか?」
万里がそう言って少しだけ間を空けて隣に座る兄ちゃんの肩へ腕を回すとぐいっと引き寄せた。兄ちゃんが咄嗟の出来事に目を丸くして……もう一つ、小さな変化をオレは見逃さなかった。カズさんが「激レア!!」とスマホを構えたけど万里はすぐに両手を挙げて舌を出した。
「万里!! 兄ちゃんに触ろうなんて五千年早いぞ!!」
万里の態度が憎たらしくて思わず立ち上がって抗議する。万里はにやっと笑って立ち上がると「んじゃなー」と背を向けて手を振ってきた。ムカつく!
「………。九門、俺ももう出掛けるがお前も出掛けるなら気を付けて行ってこい」
「うん! ありがと、兄ちゃん! いってらっしゃい」
万里の後を追うように談話室を後にした兄ちゃんを見送ってその場にいた三人に振り返る。そしたら三人が一斉に噴き出した。
「あはは、万里くんの可愛い姿はやっぱり十座くんがいないと見れないね」
「秋組だといつもあんな感じです」
「ほーんと仲良くなったよね〜」
その会話にオレはちょっともじもじしながら三人に質問した。
「でもっ! 万里、全然素直じゃないし意地悪だしっいつも兄ちゃんに嫌味言ってさ……それでも仲が良いの?」
変なこと言ってる自覚はあった。オレ自身もう分かってる。けど、それならあんな不器用じゃなくてちゃんと普通の仲良しでいいじゃん。
「仲良しにも色んな形があるから、きっと二人の場合今はあの距離でいいんだと思う」
「……そうだな、お互いのことをよく見ているよアイツらは」
紬さんと臣さんが優しくオレに教えてくれた。でも二人の優しい笑顔がなんだか寂しそうに見えて二人に悲しい思いをさせたかもしれない。動揺するオレに気付いたのか、カズさんが一際明るい声を出した。
「きっとくもぴにもその内に分かるよん! もしかしたらもうすぐかも?」
ウィンクしてオレに満面の笑みを向けたカズさんにうん、と頷く。そうして紬さんに促されて朝ご飯を食べ始めた。
──…… 朝食を済ませた九門を見送ると談話室に残っていた三人は顔を見合わせ、微笑んだ。
「九門くん、優しい子だから困らせちゃったな」
「タクスのこと思い出してたの?」
「うん」
「“今”を積み重ねられるのは幸せなことだとここに来てからいつも感じるよ」
「……もう戻らない時間も大切に育てていこう」
続いた紬の言葉に臣は眉尻を下げると困ったような懐かしむような優しい眼差しで微笑んだ。
✧✧✧
【七月二十日】
毎年誕生日の朝を迎える度に嬉しくなる。まず朝一番に母ちゃんと父ちゃんに電話をした。オレ、元気だよ、大丈夫だよって。そうしてやっぱり朝一番に届く山口からのLIMEも嬉しかった。返信していると部屋のドアがノックの音を響かせた。
「九門いるか?」
「はーい」
兄ちゃんの声に慌てて扉を開けると夏組の皆とその真ん中に兄ちゃんがいた。
「「「誕生日おめでとう!」」」
「みんなありがとっ! すっげー嬉しい!」
すみーさんは起きた時にもお祝いの言葉をくれたのにまた揃ってお祝いしてくれて嬉しくて両手で三角を作ると頭を撫でられた。
「あ〜! じゅーざより先にくもんのことぽんぽんしちゃった」
「減るもんじゃねぇんで大丈夫っす」
兄ちゃんがそう言うから少し頭を差し出してみたらぽんぽんしてくれた。へへ、すっげー嬉しい! 喜んでいると六人の後ろから声が響いた。この声は……。
「今日は九門借りてくぞー」
オッケー!とかそれぞれ返事をする夏組の皆に反してオレは兄ちゃんの背中から顔を出すと抗議した。
「オレ本人が許可してない!」
「ふぅん。じゃ、不本意だけど兵頭連れて寮出た瞬間ソッコー置いてくわ」
「ああ゛?」「なんだとっ!!」
万里め〜! 兄ちゃんの腕にしがみついて抗議すると予想に反して穏やかな表情で微笑まれた。
「そのまま兵頭にくっついてりゃ着くからな。朝飯食ったらさっさと出掛けんぞ」
なんだよ、その顔……。面食らっていると談話室に向かおうと背を向けた万里がもう一度振り向いた。
「九門、誕生日おめっとさん」
優しい声で祝われて失礼だけどちょっと気持ち悪いのとすごく嬉しいのとで困惑したオレはハッとすると兄ちゃんの顔を盗み見た。万里の背中を見つめる表情は、いつもと変わらない……気がする。けどやっぱり───
オレが見上げていることに気付いた兄ちゃんは少し慌てた様子で朝ご飯に誘ってくれた。そのまま腕に抱き着いて一緒に談話室へ向かうオレ達を夏組の皆が呆れたようなそれでいて嬉しそうな表情で見送ってくれていたことをこの時のオレはまだ知らない。
✧✧✧
「……バー?」
「夜はバーにもなるし昼はレストランで営業してる」
電車に揺られて着いた先、オシャレなようでどこか無骨なバーの外観をオレは見上げた。ここが先週二人が話してたショーレストラン…?オレ、変じゃない?私服で入っていいのかな?とドギマギしながら兄ちゃんを見上げると「大丈夫だ」と一言返事が来た。そんなオレを見て兄ちゃんとは反対側に並んで立っていた万里がにやにやと笑って揶揄ってくる。
「ビビってんのか?」
「ビビってない!」
「はは、そんくらいの威勢があれば大丈夫だな」
そう言って二人がバーの扉を開けるとカウンター席に座っていた何組かの黒ずくめの服を着た男達がそれぞれにじろりとこちらを睨み付けた。わ、……おっかねー…。思わず生唾を飲み込むと緊張で両肩が上がる。そのまま一番手前にいた男が立ち上がってこちらに近付いてきた。
「なんだ、お前ら。ここはお前らみたいなガキが来る場所じゃねぇぞ。お漏らしする前に帰んな」
「んなっ! 漏らすわけないだろっ!!」
顔を近付け脅してきた男へ言い返すオレの姿に兄ちゃんが顔を逸らして笑っていることに気付いた。な、なんだよぅ…!だって悔しいじゃん!!
「へぇ? 威勢のいいガキじゃねぇか。この先どうなっても知らねーぞ。好きにしな」
そう言って男はカウンター奥の扉を顎でしゃくった。あの扉に行けばいいの……? オレが二人を交互に見上げると二人は頷いてちょっと悪戯げな顔で笑った。二人の表情に背中を押されてドキドキしながら扉を開けると……───
じゃらじゃらと鳴り響くコインの音。豪快な笑い声にがやがやとひしめく会話。少し黄ばんだライトの光。
『またオレの勝ちだ! オレに勝とうなんざ百年早いんだよ!』
うわっ……!カジノ!?それとも違法賭博!? オレがビックリしていると殴り合いをしていた客を邪魔だと言わんばかりにトレーでぶん殴ったボーイ姿の店員さんが笑顔で近付いて来た。
『ようこそ、レストラン≪ファミリア≫へ。三名様でよろしいでしょうか?』
「ああ。予約のルチアーノ様御一行だ」
「うるせぇ。予約のランスキーとベンジャミンだ。コイツは抜きでお願いします」
二人と店員さんのやり取りに呆気に取られていると兄ちゃんがオレを見て微笑んだ。
「まぁ、予約の名前だけだが…。九門、ここはショーレストランだ」
「お前、ランスキー好きだろ。だからこういうの好きだと思ってな。誕生日プレゼント」
ぽかんと口を開けて暫く二人を見つめた。放心状態のオレに二人が慌て始めたところで思いきり二人に抱き着いた。
「兄ちゃん! 万里! ありがとっっ」
ざわざわとした喧騒の中、木製の丸テーブルに案内されて席に着く。よく見たらどのテーブルも普段着のお客さんが座っていて、あちらこちらでショーのキャストさんが一緒に席に座って敵対するファミリーの情報収集をしていたりカジノへ誘ったりしてもてなしていた。参加型だ!すげ〜! きょろきょろと夢中でレストラン内を見回していると看板娘らしき衣装の店員さんがやってきた。
『メニューをどうぞ! オススメはビステッカよ』
「ビステッカ?」
『日本で言うビーフステーキのことなの。どのメニューも美味しいから気になるものがあったら呼んでちょうだい』
『おう、ソフィー! 今日も別嬪さんだな!』
『こんにちは、プリーモ。ウチは大歓迎だけれどいつまでも飲んでいたらボスに怒られるんじゃない?』
わー!ストリートACTみたいだ! 目を輝かせていたオレを片肘をついて万里が見つめていた。
「楽しい?」
「……楽しいっ!」
そう返してからハッとしたオレはガキってバカにされる!と身構えたけど万里に頭を撫でられた。悔しいけどなんか、ルチアーノみたいじゃん……。
「取り敢えずオレンジジュース二つとアイスコーヒーお願いします」
兄ちゃんの注文に万里が何か言いかけて頭を掻いた。むむっ、万里が揚げ足取らないとは珍しい……。いつもと雰囲気が違う二人を不思議に思いながらその後次々に注文し運ばれてきた食事を頬張る。うまい! 取り分けてくれた兄ちゃんを少し見つめてからお礼を伝える。
「兄ちゃん、ありがと」
「ああ。美味いか?」
思いきり頷くと頭を撫でられた。今日はいっぱい撫でてもらえるな〜。誕生日だからかな。そんなことを考えながら照れていると万里がグラスを持ったまま兄ちゃんを指差して笑った。
「はは、コイツ不器用なくせにルチアーノとランスキーならランスキーが取り分ける役だつって地味に練習してたんだぜ」
「……うるせぇ」
まぁ確かに兄ちゃんは不器用だから取り分けるのも普段からあんまりやらないしやっても結構荒々しいのに今日はなかなかにスマートだった。練習してくれてたんだ……。ベンジャミンもこんな感じでランスキーにお世話してもらうのかなぁ。もう一度兄ちゃんに感謝を伝えてから万里を見た。
「万里はカッコつけてパスタ食べてる感じだけどルチアーノは肉!って感じがする」
「あ?」「………」
オレの一言に万里は顰め面をして兄ちゃんは目を丸くした。そうして二人で顔を見合わせる。
「無駄に血気盛んだしな」
「ドケチが細かーく切り分けたステーキちまちま食いそうにねーな」
役のことをそれぞれ言い合う二人の表情はオレが初めて見る表情をしていた。お互いの役を悪く言ってるけどすごく楽しそう。それに二人の表情が優しくて穏やかで内心ドキドキした。こんな表情で会話できたんだ…。最近は兄ちゃんと万里の間に流れる空気が今までみたいに喧嘩はしててもちょっと違うって気付きはしてた。ベンジャミンもこんな風に大好きな兄ちゃんの変化に気付いたのかな。
「九門、どうした?」
「へぁっ! ううん、ちょっとぼっーとしちゃっただけ。どの料理もすっげーうまい!」
熱でもあるのかと余程心配だったのかおでこに手を当てられた。うぅ……兄ちゃん心配させてごめん。人前だとちょっと恥ずかしい…かも。そんな兄ちゃんを眺めながら万里がぽつりと呟いた。
「入団当初みてぇ。あとおめーさっきから若干ランスキー入ってんのな」
万里の言ってる意味が分からず首を傾げていると兄ちゃんが口を覆ってそっぽを向いた。耳がちょっと赤い。
「九門、こいつ偶に役に入る時あるから気ぃ付けろよ」
あっ!兄ちゃん今ランスキーモードなの!? 兄ちゃんとはミックス公演とイベント参加や依頼でしか共演したことがなかったからそんなクセがあるなんて知らなかった。知らなかったし……気付かなかった!なのに万里は知ってたし気付いてた……! ……複雑。でもランスキーのスイッチ入っちゃったってことはもしかして……。
「オレ、ベンジャミンっぽい?」
少し恥ずかしいなと思ったけどそっぽを向く兄ちゃんに聞いてみる。兄ちゃんの照れてるのが伝染してオレも顔が赤くなっちゃってるかも。そわそわして待っていると兄ちゃんが目を泳がせて口を押さえたまま頷いた。けれどすぐに複雑そうな表情に変わって悩んでいる様子が伝わってくる。
「いや……ベンジャミンは太一の役だからその、」
「気になってたんだけど九門、お前ランスキー演じてぇって思うん? 兵頭のランスキーが好きだから演じんならルチアーノなんかって地味に気になっててよ。まっ、ルチアーノは絶対ぇ譲んねーから」
「九門……悪りぃがランスキーも譲れねぇ……」
「…………兄ちゃん達って」
二人の言葉にオレは目を丸くした。夏組も似たような感じだけど二人はやっぱり秋組で舞台袖から何度も観ていても知らないことばかりだ。下を向くとどうしようもなく笑顔が溢れた。
「大人気ないね……」
冗談で言ってみたら二人は目を丸くしてから、万里は笑って兄ちゃんは肘をついて顔を覆った。へへっ、おもしろ。いつもと形勢逆転ってやつ?
「自分でも色んな役演じてみて最近はさ、観てるだけで十分なんだ。それに至さんがよく原作崩壊まじ冒涜すぎって怒ってるし太一さんのベンジャミン大好きだし。満開公演以外でもいつか太一さんとも共演したいなぁ」
「他の役者が演じることで見えるもんもあんだけどな。まー今回は至さんのオタ魂リスペクトってことで。太一とは身長も変わんねぇし色んな設定考えられておもしれーかもな。はは、それにどっちも声でけーしうるせー」
「兄ちゃんにウザ絡みする万里の方がうるさい!」
言い合いをしていたらキャストが捌けてぽっかりと空いたホール中央がぱっと明るく照らし出された。同時に客席の照明が絞られて暗くなる。……ショーの始まりだ!
✧✧✧
「はー! 楽しかったぁ〜!」
「ミュージカル調で賑やかだったな」
「客席の間でアクションしたり迫力もあった」
歩きながら赤茶色の見慣れた屋根を見つけて三人の時間を少し名残惜しく感じた。もう少し三人で一緒にいたかったな。そんな気持ちが思わず溢れた。
「三人でまた行きたいな」
ハッとして顔を上げると恥ずかしさからわたわたしてしまう。慌てて皆と行きたい気持ちも口にした。
「もっ、勿論椋も誘いたいし莇も太一さんも夏組の皆もっ」
そんなオレを両脇で二人が見守る。目を合わせられなくて屋根を見つめたけど二人が顔を見合わせているのが分かった。そしたらふ、と穏やかな笑い声が聞こえてきた。
「ほんっと欲張りだな、また三人で行こうぜ。他のメンバーとは別で行け」
その言葉に万里を見上げる。三人で、また一緒に─── 万里はオレを見て得意げに笑ったあと、兄ちゃんへ視線を移した。同意を求めているのか反応しない兄ちゃんにちょっと不満そうに眉間に皺を寄せると万里が言った。
「兵頭ー。返事」
「っ、……ああ」
少し困ったような居心地が悪そうな瞳で兄ちゃんが返事をすると万里は満足そうに笑った。兄ちゃんはいつもオレがいると万里の前では毅然としてるし冷たく一蹴しちゃうけどこれがもしかしたら……秋組で見せる二人の距離感なのかもしれない。オレ、勝手に一喜一憂して恥ずかしい奴だったかな。けど夏組の皆も莇も太一さんも臣さんも紬さんも笑わないでいてくれた。知らない兄ちゃんが見れた。それってすごい。兄ちゃんが築いた大切な時間や繋がりに、─そこに居る万里に、─ すごく胸がほっとしたような気がする。
「お腹減ったー!!」
「はぁ〜? もう減ったのかよ」
「万里と違ってピチピチの現役高校生はカロリー消費が早いんだよ! 晩御飯なにかな〜」
「きっと豚の角煮だ」
「えっへへ! やっぱそうかな〜! 監督のカレー食べ比べセットもありそう!」
「夏組も一緒に出掛けられなかった分なーんか用意してそうじゃね」
帰り道、晩御飯の献立予想。兄ちゃんと二人だったそれはいつの間にか椋だけじゃなく夏組の皆と、莇と、劇団の皆と、…どんどん増えていった。今日は兄ちゃんと万里と。──何度か同じことはあったはずなのに、今日が初めてに思えるのはきっと二人の間の見えない何かが見えたから。
舞台に上がった時と変わらず普段も仲良くなってほしいけどやっぱりオレ自身まだ寂しいのもあるし、まだまだ時間がかかるんだろうけど…… まっ! 万里の弟にもなってやらないこともないかな。
✧✧✧
【年明け・一月某日】
今日も一段と寒い中、オレは興奮で全身が熱かった。それもそのはず!一大事!大事件!!
すっげー嬉しい舞台の始まり。
「九チャン!!」「たたた、太一さんっ!!」
「Wキャストよろしくね」「Wキャストよろしくっす!」
─了─
タイトルの読みは「じゅうにきゅう」です。十二球団? 今回は九門くんの話だったので九門くんを書くならタイトルに「きゅう」は入れたいなと思い「及ぶ」の漢字を選びました。十に九は必要ですし、たくさんのことを積み重ねて及ぶ(至る)んだなぁと。一人称視点しんどかった。実玄でも弟視点を一度書きましたが弘くんの場合はキャラ設定のみの子なので捏造と気合いで乗り切ったけど……。九門くんがピカレでやってみたい役っていうのもはっきりと言及されてたようななかったようなで探しても見つけられずじまいで間違ってたらすみません。他、九門くんも強さも強さ故の孤独も分かる子ですが自覚がない、という描写をしています。知っているのは周りのみ。次はニヒルの祝祭の二人に続きます。