「兵頭、次の週末泊まりな」

 いくら終電も疾うに過ぎた深夜の時間帯とはいえ、誰がいるかも分からない駅前の広場で突然耳打ちをされた十座は弾かれたように顔を上げた。耳へ口付けられるほど近付かれたことに油断した、と思わず肘でぐいと押しやり隣りに立つ万里の表情を窺う。

「酔っ払ってんのか」

 何故深夜一時過ぎに駅前にいるかと言うと二駅先の街へ足を伸ばしソワレ公演を観劇した後に入った飲食店で話が盛り上がったからだ。 観劇後、堪らずストリートACTをし、少しだけ穏やかさを秘めるようになった諍いを経て店へ入った。そこでもやはり観劇後の興奮が冷めやらず話し込んでいる内に終電を逃していた。二駅分とあれば歩いて帰れなくはない、と二十分ほど掛けて天鵞絨駅前まで歩いて来たところである。何のスイッチが入ったのか、と十座が怪訝な表情をしていると万里が楽しそうに口端を吊り上げた。

「季節の変わり目で期間限定スイーツが増えて来たよな」

 わざとらしい話題逸らしに十座は眉間の皺を深くする。何が言いたいのか分からない。

 いつもそうだ。はぐらかし、抽象的なことを言う狡さが万里にはある。

 そして最近ではその言葉を感覚的に理解している自分自身に十座は困惑していた。何やら意識が違う方向に向き始めた様子の十座に万里は目を細める。

「朝食べたら美味いんだろうなぁ?」

「っ、」

 身体を重ねて気付いてしまった快楽が一つある。それは事後に与えられるもので、自身の味覚に関することであった。

 事後に食べる甘味は普段以上に旨さが感じられるのだ。

 それを分かっていて先日話した限定スイーツの店に行こうと言っているのだろう。確か早めの時間帯に開く店舗もいくつかあった筈だ。

 熱を持った頬に肌寒くなり始めた夜風が心地良い。頬を染めて言葉を失ってしまった十座の手を万里が引いた。

「早く帰ろうぜ、週末楽しみだな」

 予定も確認せず決定したような口振りの万里に予定変更から当日までまた自分は振り回されるのだろうと思いながら、存外に熱を帯びていた万里の手を十座は確と握り返した。

 

 

〝ハニートラップ〟

 

あとがき
お付き合いしている摂兵の万里くんが甘い誘惑を仕掛ける話でした。
(2023/09/24 Twitter up)
せっつく恋のひょう的はてめえ!3さまのお題スロットから「深夜に 駅前広場で 耳打ちをする」のお題をお借りしました。ありがとうございました。山盛りのホイップクリームが乗った某店のパンケーキを十座くんに食べてほしかったんだと思います。
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