「うわーん!!」
響く嘆き声に兵頭十座は顔を上げた。聞こえてくる声の様子から恐らく摂津万里と七尾太一だろう。そう当たりをつけて食卓に向き直り十座が朝食を再開すると、背後から寂しそうな雰囲気を漂わせた太一が談話室に姿を現した。
「太一、朝飯食ったのか」
「ううん……まだ……」
しょぼくれた様子でダイニングテーブルについた太一に理由は聞かなかった。大方、急な予定変更による約束の反故だろう。自室から朝食に向かう際に慌ただしく出発の支度をする万里を目撃していた。そのまま起きてきた太一に声を掛けて出て行ったのだろう。隣りに座る太一は被りを振って頬を叩くと普段通りの明るい様子に戻った。
「へへ、臣クン特製のクラムチャウダーとホットサンドあっためてくるッス」
「ああ」
既に仕事に出てしまった伏見臣がこの場にいたら、太一に明るく声を掛け即席でデザートの一つも用意しただろう。十座はキッチンに立つ太一を眺めながら頭の中で自身の今日の予定を確認した。
「太一、このあと暇か?」
「えっ!」
顔を上げた太一をじっ、と見つめていると効果音が出るのではないかと思うほど目を輝かせた。
「暇!! 暇ッスよ!! ……えへへ……十座サンに聞こえちゃってたッスよね」
嬉しそうだった太一の表情が一瞬にして翳る。気遣わせたとバツが悪そうに頭を掻く太一に十座は首を振った。
「いや。叫び声は聞こえはしたが別にそれは関係ねぇ。バイクのメンテをしてから一人でどこか行くかって考えてた。だから太一も行くか」
「いいの……?」
「いいも何も声を掛けたのは俺の方だ。臣さんみてぇな運転はまだできねぇが気を付けて走る」
十座がそう告げると太一は擽ったそうにはにかんだ笑顔を見せた。
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「バイクのメンテナンスって大変ッスか?」
「……あー。最初は臣さんに教えてもらいながらだったし、ガレージ来ると自然と丞さんやガイさんと一緒になることも多いから大変って感じたことはねぇな」
思い出しながら訥々と話す十座の横顔を隣りで見つめながら太一は微笑んだ。
「誰かと一緒のことが多いんスね」
「ああ。今日は太一とだな」
太一の言葉にそう返すと十座は再度バイクに向き直った。十座の振り向き様の自然な表情に太一は俯くと眉尻を下げた。そんな太一に気付くことなく、チェーンとタイヤの最終確認を終えた十座は立ち上がった。
「よし、これで大丈夫だ」
「お疲れサマ!」
「……クリスマスマーケットでも行くか」
目を泳がせて呟かれた十座の一言に太一は目を丸くした。クリスマスマーケット!先週から開始したばかりな上、ようやく暑すぎた秋から晩秋へ季節が移ろい始めたこの時期にぴったりである。十座の希望した場所は海も近いし、ツーリングするにも気持ちがいいだろう。二人でルートを確認して事前に電子チケットを購入し終えると十座が太一に劇団共用のヘルメットを渡した。
「太一はヘルメット買わねぇのか?」
「へっ?」
「いや……。太一は車でドライブの方が多いだろうが臣さんと出掛ける機会は多いだろ。それに九門もタンデムできるようになったら太一を乗せたがるだろうと思ってな」
「えっへへ! 臣クンに十座サン、更には九チャンにまでタンデムしてもらえたら俺っちめーっちゃ幸せ者ッス! そしたら万チャンと丞サンも誘ってチーム・ウヌス国でツーリングできたら楽しいッスね!」
はしゃぐ太一の様子に十座は目を細めると「近くにバイクショップも多いから見に行くか」と提案してみる。その言葉に大きく頷くと太一はヘルメットを装着した。十座がバイクに跨り車体を安定させると太一に乗車するよう声を掛けた。太一は落ち着いてゆっくりと跨ると十座の腰を掴んだ。そうして声を掛け合うとバイクは走り出した。
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「ハー!! 気持ちよかったッスー!!」
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到着した先、海に向かって嬉しそうに叫んだ太一に十座が口元を緩めた。
「太一がタンデムに慣れてるから俺も走りやすかった」
「ほんとッスか! 今度は俺っちが十座サンを快適なドライブに誘うッスよ!」
気を付けて運転するッス!と胸の前で両手を握り締めた太一に楽しみにしてる、と返したところで十座は背後から視線を感じ目線だけを動かした。
「あれ、七尾太一じゃね?」
「あー! 最近ドラマ出てる」
太一のファンか賑やかしらしき同年代の青年達に十座が思案していると別の方向から黄色い声が響いた。
「太一くーん!!」
「ええっ!!」
突然名前を呼ばれ、太一が驚いて声を上げた。総監督と同じ年頃の女性二人組に手を振られた太一は困惑しながらも手を振り返し応える。見守るべきか他グループも増長する前に牽制すべきかと考えあぐねた末、十座は静かに周囲へ目配せをした。
「うわ、怖ぇ〜……。ボディーガード?」
ひと睨みされたと勘違いした何名かの発言によってできかけていた人集りが疎らになっていく。そこに明るい声が響いた。
「あれってMANKAIカンパニーの十座くんと太一くんじゃない? プライベートも仲良いね!」
プライベートだもん邪魔しないようにしないとね〜とわざとらしく周囲に聞こえるように呟かれたファンの一言に十座と太一は顔を見合わせてから眉尻を下げて苦笑した。
「助けてもらっちまったな」
「応援してくれる皆には感謝しかないッスね。う〜……だからこそ俺っちがもっとちゃんとしてれば…」
十座は腰掛けていたバイクから降り、肩を落とし落ち込む太一の隣へ並ぶとそのまま海へと目を向けた。
「これから少しずつ考えてきゃいいんじゃねぇか。天馬だって未だに囲まれちまうことも困惑することもあるんだ。その時に俺が居たらいつでも用心棒になってやる」
「十座サン……ありがと……」
太一の今後の俳優人生にも関わることであるからどういった対応をすべきかは太一が決めることであるし決めた先で困ったのならいつでも周囲を頼ればいいと十座はそう思っている。最初は太一の対応を尊重し手を出さずにいようと思ったが別に自分がこのツラを使ったところで太一の取った対応ではないからファンへの対応が悪いと太一が批判に晒されることもない。今まで天馬と一緒だった経験のおかげで変に考え過ぎずに済んだな、と十座は自身の選択に少しだけ満足しながら太一を揶揄ってみる。
「ふ、俺の舎弟だったんだっけか? 今じゃ俺が用心棒だな」
「ええ!? 恐れ多いッス〜!! 十座サンに揶揄われたぁ〜」
慌てふためく太一の姿に愉快そうに口端を吊り上げると十座は再度海へ顔を向けた。晩秋の暖かで陽気な日差しを照り返し水平線が煌めいている。その光景を太一のようだと思いながら無意識に普段の表情に戻った十座は眩しさに目を細めた。
「……少しは気分転換できたか。久々のオフで出掛けんの楽しみにしてたんだろ。帰ったら摂津のことはぶん殴っとけ」
十座の一言に同じく海に向き直っていた太一が十座を見上げた。朝からずっと自身を気に掛けてくれた十座の横顔に太一は眉尻を下げた。見上げた横顔がどこか拗ねたような表情を浮かべていて、予定をキャンセルされたのは自分なのに、と太一ははにかんだ。
自分のことを想って腹を立てている姿も、ここにいない万里を想って不機嫌になっている姿も、太一は酷く嬉しく感じた。自分が口出しすることではないと頭では分かっていても何をやってんだ、とつい態度に出てしまった十座のその姿に万里と十座──二人の関係性が見て取れて更には十座の年相応の可愛らしさも感じられてそんな姿を隣りで見れることに何故だか涙が出そうになった。
「十座サン」
海に向き直るもどうしても顔が上げられず、俯いて十座の名を呼ぶ。呼んだ声が震えていなかったことに安堵し届くといいな、と願っているとしっかりと十座が太一へと振り向いた。手摺りをぎゅっと握り締めると太一も十座を振り向き、真っ直ぐに見つめる。
「十座サンはどうして……。旗揚げ公演で衣装を台無しにして皆を裏切っていた俺っちのこと許したんスか?」
その言葉に十座は目を見開いた。驚く金色の瞳にこんなことを聞く己の狡さに揺らぎそうになる。あの時、正直に真っ直ぐに自分の行為を非難してくれたのは十座サンだった。何故あの時の自分を許すと受け止めてくれたのか──同情でも失望でも諦めでも構わない。十座の抱く思いがどんなものであろうと受け止めたい。続編であるピカレスク・リターンズを終えた今だからこそ、改めて向き合いたい。あの日の自分に。
「……。太一から、」
言い掛けて口を閉じた十座が視線を彷徨わせる。彷徨わせた視線は水平線の煌めきを暫しじ、と見つめてから太一の花緑青の瞳を捉えた。
「コイツから演劇を、芝居を、奪っちまったらどうなるんだろう、……そう思った。芝居がやりたくて舞台に立ちたくて卑劣な命令にすら従ったのに、もしここで太一がその欲しくて欲しくて仕方がないものを失ったらどうなっちまうんだろうとあの時思った」
十座の言葉に太一は口を開きかけたもののすぐさまぎゅ、と引き結んだ。太一のその様子に十座は言葉を続ける。
「俺もそれが欲しかったし最初で最後の希望だったからな、」
そしてそれは自分と太一だけでなく、古市左京を始め秋組全員が同じ思いであったと十座は思う。舞台に立つ資格がない、とそれぞれに後ろめたさを抱えていた。
散々力を振るってきた──そんな自分は舞台に立った際に指を差される可能性が未だに、あるのだ。
罪を許して人を憎まず。当時の自分には臣の力を借りなければ言葉を巧く伝えることはできなかったが確かに自分は降りかかる火の粉を憎みはすれど真っ直ぐな瞳で向かってくる相手を憎んだことはなかったから。
「十座サン。好きだよ」
真っ直ぐな言葉と瞳に、十座は目を瞠ってから困ったように目を逸らした。
「太一……。真っ直ぐすぎて、困る」
「うっ?! あっっ! えっと!! 十座サンを尊敬してるって意味でえぇーと……」
身振り手振り慌てふためく太一に落ち着け、と声を掛けると十座は強張った表情を少し緩めた。
「それは伝わってる。ただ、その……面と向かって「好きだ」と真っ直ぐに言える太一はすげぇと思う。なかなか面と向かって「好きだ」ってのは言い辛ぇだろ……。俺もそういうところが太一の良さでかっこよさだと思ってる」
「じゅっ!! 十座サンの言ってることの方が真っ直ぐだし恥ずかしいしカッコよくないッスか!?」
「あ?」
真っ赤な顔をした太一を暫し見つめてから十座は思わず吹き出した。十座が口に手を添えて笑っていると太一の瞳からぽろぽろと涙が溢れた。
「泣くな」
「う〜……嬉し泣きッス……!」
そうか、なら思いきり泣け。そう呟いた十座のジャケットの裾を掴むと太一は声を上げて泣いた。トラブルと勘違いされないかと十座が内心冷や冷やしていると太一が合間に「泣く演技できてるッスか〜!?」と叫ぶのでこんな時でも気遣いは忘れねぇんだな、と苦笑しながら裾を握り締める手へ拳で応えた。
「……早く太一と主演準主演で芝居がしてぇな」
その言葉に涙で濡れた顔を上げた太一は右腕で涙を拭うと満面の笑みを咲かせた。
「俺っちも!! 早く十座サンと主演準主演やりたい……絶対やりたい!!」
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ねぇ、十座サン。俺の罪を許さないでくれてありがとう。何かを許さないことがどれだけ重荷か今なら分かる。そうやって一緒に俺の罪を背負ってくれてたんスね。
同室の優しさに溢れる兄のような仲間は寄り添って一緒に抱えてくれた。目の前の不器用でだからこそ自分自身に一番厳しい仲間は許さないことで一緒に背負ってくれた。
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『時には、誰かの人生から芝居を奪うかもしれない』
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カブトさんの言葉に当時を思い出す。あの頃の太一のポートレイトを。『自分が芝居をすることで誰かを深く傷つけるかもしれない』……ピカレスク・リターンズを終えてようやくあの頃の太一のポートレイトを、言葉を、理解できたように思う。──あの時の俺の言葉はお前を苦しめる為でも後悔や反省を促す為でもない。ただ、七尾太一に芝居を失ってほしくねぇと思った。まるで鏡で自分を見ているようだとも。自分自身が嫌いで仕方がない、そこへ太一は罪まで犯しちまった。けど太一自身が罪そのものにはなるな。自分で自分から芝居を奪おうとするな。だからこそ、その罪だけはなぁなぁにして許しちゃならねぇもんだと思ったんだ。
それがきっと太一にとって芝居に対するけじめであり、覚悟だと───
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赤く目を腫らした太一を見兼ねてバイクからヘルメットを取ってくると有無を言わせず無理矢理被せた。驚いている太一を後目に自販機で缶飲料を買ってくるとハンカチを巻いて渡した。
「暫く冷やしとけ」
「ヘルメット取ってほしいッス〜……」
缶飲料を渡し手を塞いだことで太一に間の抜けた一言を発言させてしまったのは自分なのだがその姿がどうにも可笑しくて十座は思わず吹き出した。珍しく笑いを抑えきれない十座に太一が子犬のように寂しそうな声を上げた。
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◆◇◆◇◆◇
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「十座サン! もうちょっとこっち寄って」
「こうか?」
カシャリ、とシャッター音を響かせた画面を二人揃って覗き込む。上手に撮れた!と喜ぶ太一に十座がふと思い付いたことを口にした。
「太一、それ摂津に送っとけ。俺と一緒の写真見たら太一と出掛けられなかったこと余計に悔しがんだろ」
「……うーん、十座サン…」
いい気味だ、と言いつつもやはりどこか拗ねた様子の十座の姿に太一は再度写真に視線を戻すと別の意味で悔しがるんスけどね、と言い掛けて口を噤んだ。そうして素直にLIMEで写真を送ってみる。
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『万チャンお疲れサマ! 俺っちは今十座サンとクリスマスマーケット満喫中ッス!』
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◆◇◆◇◆◇
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ポケットからの振動に臨時の助っ人がひと段落し休憩していた万里はスマートフォンを取り出した。太一からの連絡にLIMEを立ち上げると目を見開いた。
野郎同士でクリスマスマーケットとか恥ずかしくねーのかよ、と呆れているとトーク画面に新着メッセージが追加される。そこにはツーショットで写る二人の姿があり、万里は思わずハ?と大声を上げた。
「摂津どうした?」
「や、なんでもねー」
同期に生返事をしつつ、送られてきた写真を眉根を寄せて凝視する。……面白くない。理由はまぁ色々だ。万里が揶揄いのメッセージを返そうとしたところで更に追加のメッセージが届いた。
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『代わりに埋め合わせしてくれた十座サンにあとでお礼しなきゃダメッスよ!』
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太一からのメッセージに目を丸くした万里はすぐさま目を眇めると心底楽しそうに笑った。
「ハッ! 生意気言ってんな!」
帰宅したら捕まえてヘッドロックの真似事くらいはしてやろう。自分とどちらが先に帰宅するか。そんなことを考えながら万里は太々しく『おみやげよろ』とメッセージを返した。
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─了─
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〝ありのままでいたい時〟
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休日にお出かけする十座くんと太一くんの話でした。十座くんに真っ直ぐ「好きだよ」と伝える太一くんが突然浮かんだので書きました。プロットなしで話を書いていたら辿り着いたのがACT1旗揚げ当時の二人でした。二人の会話がほとんどですが一応摂兵二人はお付き合いしてます。人が人を想う時と多分同じ軸。今回、空行にウォーターマークを入れてみました。