開いた扉のその先に

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「まさかこの時期に天鵞絨町で雪が降るとは思わなかった」

 歩道の隅や路肩に残る雪を眺めながら茅ヶ崎至が呟くと佐久間咲也は相槌を打ってから微笑んだ。

「なんだか、生まれた街を思い出します」

「……また春組皆で行こうか」

「はい!」

 咲也は客演舞台終了後来場した至と合流し、帰路に着いていた。先程からどうにも頬が緩んでしまう。そんな咲也の様子に気付いて至も目を細めた。

「客演よかった。あとで長文の感想送るわ」

「えへへ、ありがとうございます! 誕生日にこうしてお芝居ができることも至さんが観に来てくれたこともオレ、すっごく嬉しくて。つい頬が緩んじゃって」

 眉尻を下げてから「真澄くんに注意されそう」と頬を掻いた咲也の表情はやはり幸せそうで至は残る雪へ視線を移すとぽつりと呟いた。

「もしかしたらこの雪も……、咲也のご両親が会いに来てくれたのかもしれないな。舞台を観に来てくれたのかも」

「そうだったら嬉しいなぁ」

 そう言って、はにかんだ咲也と差し掛かった公園に残る雪を眺めていると至の視界に皆木綴とシトロンの姿が見えた。至が手を上げるとそれに気付いた二人が公園を横切って合流した。

「どうしたのって、あー焼き芋」

 綴が抱えた紙袋から覗く姿に至が笑うと綴が片眉を下げて苦笑する。

「あはは……逆戻りしたこの寒さにシトロンさんがコンビニで焼き芋だー!って引っ張られて」

「帰ったら一〇二号室でやきいもパーティーダヨ!」

「って俺と真澄の部屋なんかい」

「なかなかだから仕方ないネ〜」

「真ん中、かな」

 至のフォローにシトロンが明るく相槌を打つと四人で歩き出した。帰宅後の楽しみが増えたことに咲也とシトロンが話を弾ませていると思い出したように至が咲也へ声を掛けた。

「あ、咲也。真澄がカレー風味のナポリタン作ってるから楽しみにしてなね」

「ちょっと、至さん。それじゃサプライズにならないじゃないすか」

「いいの、いいの。どうせ真澄は何も言わないで知らんふりするだろうから」

「楽しみです!」

 綴が困惑していると至は悪戯げな笑みを浮かべた。咲也だから真澄を揶揄うことはないが楽しみを事前に知らされた咲也も用意していた真澄も居た堪れないのではないか。複雑そうな表情の綴に咲也は笑顔を向けた。

 この笑顔にちょっとしたことも何でもない毎日も、いつも救われている。そうやって劇団の皆を引っ張ってきた咲也の姿は真っ直ぐで頼もしくて眩しい。

 また新たな本を書きたくなってきたな、と感じながら綴も笑顔を返した。

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「ただい、「「「ハッピーバースデー!!」」」

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 MANKAI寮の玄関扉を開けると夏組メンバーが揃って出迎えた。待ってました!と言わんばかりの歓迎に咲也がはにかむと三好一成が嬉しそうに「本日の主役! サクサクをパーティー会場にご案内〜」と咲也の手を取って談話室へ案内した。咲也を見送ってから綴、至、シトロンは顔を見合わせると綴が抱える紙袋に視線を落とした。

「焼き芋冷めちゃいますね」

「いいんじゃない? あとでレンチンして二次会かな」

「オー! サクヤの次はやきいもバースデーネ?」

「いや、芋はもう生まれて……芋が生まれるってなんだ……」

「ジューザに狙われるからやきいもは悲嘆ヨ〜」

「シトロンから見た十座の食い意地張りすぎワロタ」

 至は「悲嘆じゃなくて避難ね」と訂正を加えて綴から紙袋を取り上げると「いってらっしゃい」と綴とシトロンの二人を談話室へ見送り、焼き芋を〝避難〟すべく自室へ向かった。

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「わぁ! クリームシチューだ、ありがとうございます! 臣さん」

「おめでとう、咲也。ご馳走も色々用意はしたんだが連日寒かっただろう?」

「鮭とほうれん草のクリームシチュー……色も綺麗で美味しそうです! ふふ、ナポリタンにも合いますね! それに臣さんの料理はオレにとっていつもご馳走です!」

 ありがとう、と伏見臣が返すと料理を運んできた碓氷真澄がシチューを見てぽつりと呟いた。

「……雪と桜……っぽく見えなくもない」

 真澄の一言に咲也は目を瞬かせてから、花開くように満面の笑みを浮かべた。

「そうだね!」

 臣の意図を見透かしていた真澄の様子に卯木千景がキッチンから愉快そうな視線を向けていたところで総監督の立花いづみが堪え切れずに小さな笑い声を漏らした。

「真澄くん。スパイスを使ったナポリタンだったから、シチューに少し対抗心燃やしてましたもんね」

「監督さんに食べてもらいたいのも勿論だけど咲也の為にってなんだかんだ張り切っていたからね。咲也はカレーもシチューもどちらも喜ぶのに」

「真澄くん自身、分かってはいても譲れなかったのかも。家族だから」

 咲也が食べる傍から、素っ気なくも味の感想を訊ねる真澄の姿にキッチンに戻った臣は千景、いづみと顔を見合わせると幸せそうに微笑んだ。

 ピザだ、チキンだ、と大騒ぎする夏組始め学生メンバーに酒宴を始めた大人達。うるさい、と不機嫌そうな声を漏らす真澄と幸せそうに談話室を眺める咲也二人に春組メンバーは合流すると愛しい家族へ改めて祝いの言葉を贈った。

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 雪が溶け、寒さと暖かさを行き来しながらやがて春は来る。あの日、扉を開いた青年が運んできた春が来る。

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 開いた扉のその先には、夢見た舞台と暖かな居場所。

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 ─了─

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あとがき
咲也くんお誕生日おめでとうの小話……なんだけどもぐだぐだになってしまった。書きたかったこと三つをうまく繋げられなくて……。
リアルでも関東圏で8日深夜から9日未明にかけて雪が降ったこともあり、勢いのまま書きました。日常こそが咲也くんだと感じるので、何気ない日常を書きたかったのですが難しく……。繰り返される毎日や変わらない・変われない日々を直向きに生きる姿とそこに意味や価値を見出せる眩しさを持つ咲也くんは素敵だなと思います。
ちなみに書きたかったこと三つは『雪と咲也くんとご両親/咲也くんの為にナポリタンを作る真澄くん/臣くんのクリームシチュー』です。
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