先輩の秘密
天チャンも井川さんも忙しいからスケジュールが被ると事務所内のスタッフさんがついてくれる。でも必ず時間ができれば俺っちの撮影現場に顔を出してくれた。
俺っちのことが心配とかそういうのではなく。一つでも多くの現場を見れる機会に対する貪欲さは、俺っちの憧れであり見習うべき姿勢だ。
何より。撮影現場に足を運んでくれると太陽みたいに強くて熱い視線を感じた。天チャンが俺っちのことを切磋琢磨するライバルとして意識してくれていることが嬉しい。俺っちにとって天チャンは憧れで、いつだってその背中に追い付きたいと思う。でも目指すゴールラインではない。天チャンが目指すのは世界中の主演男優賞総ナメ。めっちゃカッケー!! じゃあ俺っちは? 俺っちは0番に立つことも叶えて、エキストラとしての過去からこうして今再チャレンジをし始めて。一つ一つ、作品と役に向き合うことが楽しい。役が貰える。それは特別なことだ。そして端役もエキストラもアンサンブルも大きな意味を持つ。あの日あの時の俺っちは最低で、与えられた端役に対する考え方も数年前までは酷いものだった。今なら分かる。どれだけ重要か。演劇は一人欠けては成り立たない。たとえ街ゆく群衆の中の一人であろうと。
振り向いた自分を見つけてくれる人がいる。
家路を急ぐ姿、友達と遊び歩く姿、仕事をするたくさんの人に、何とは無しにぶらつく人まで―― 彼らの帰りを待つ人がいる。そこに広がるのは命の海だ。その命の海から舞台というてのひらに掬い上げられたのが主役達。数年前までの俺っちはそんな当たり前の現実を演劇に落とし込むこともできずクサクサして大きい役ばかりにこだわって。誰もが主人公で、俺っちもどうしようもないくらいに自分の人生を必死に足掻く主人公だった。あーちゃんに話した家出話を思い出す。バカだなぁ。そんなことを考えていたら、ふと幸チャンが俺っちを呼ぶ声が聞こえた気がして振り返る。
「天、チャン……?」
振り返った先にいたのは、天チャンだった。更には俺っちの肩に手を掛ける寸前のその姿に思わず目を瞬かせた。
「あっちの第一スタジオで撮影だったんだ」
引っ込めた手を頸に回した天チャンの頬が少し赤い。これは……。間違いなく「迷子」ッスね! 休憩から撮影に戻るところかどうか聞いてみると休憩に入ったばかりだと言う。控え室見つからなかったんスね。フロアも異なる一番離れたスタジオだったから急ぎでないことに胸を撫で下ろしていると天チャンがぽつりと呟いた。
「撮影、見ていってもいいか?」
食事休憩や時間は大丈夫か追加で尋ねると「問題ない」とのことだった。こっちの撮影はもうすぐ終わるから第一スタジオまで送り届けられるし天チャンの撮影も見学できるんなら同じように俺っちも見たいな。そこへ共演する俳優さんから声が掛かった。
「皇くん、久しぶり。相変わらず別の撮影まで見学に来ているのか。見習わらないとなぁ」
そう言ってウインクを一つして通り過ぎていった俳優さんを見送ってから顔を見合わせる。怪我の功名……?ッスね! 顔を見合わせた俺っちの表情が揶揄っている風に見えたのか、天チャンは頬を赤く染めた。
「へへ」
「なっ、笑うな!」
途端にむっとした表情に変わってしまった天チャンへ慌てて両手を振った。こうして身近にいる皆にしか分からない共有できるもの。劇団の外に出て見つけると優越感に浸っちゃったりなんかして、俺っちカッコ悪いかな。けど嬉しくなっちゃうどうしようもない俺っちを共有できるのも皆と……天チャンとだから。色んな役を演じてもっともっと立派に0番に立てる役者になっていきたい。だからこそ、どうしようもない俺っちもちゃんと見ていてね。
撮影再開の知らせに元気よく挨拶を返してから天チャンに両手のひらを差し出す。天チャンの真っ直ぐな瞳が俺っちを見つめてから、ロータッチを返した。
―了―