合鍵とマーカー

 もうすぐ、ある男が誕生日を迎える。

 そいつは同い年、元同室、秋組リーダー……と認めてやらなくもない役者兼演出助手の男だ。初夏に寮から離れたその男は稽古のある日は必ず顔を出した。演出助手であるから各組の稽古に参加している。秋組稽古の際は初代秋組リーダー・栗生善さんの営むショーレストランGentianaの稽古場を借りることもあり、そちらで共に稽古をし解散することも多い。カレンダーの九月九日をじっ、と見つめてから兵頭十座は一つ息を吐き出した。

 

 ───……

「えー!! 万チャン冷たいッス!! うぅ…! 俺っち達を差し置いて!!」

 聞こえてきた七尾太一の声に十座が振り返ると摂津万里は太一の大袈裟な反応に呆れながらも口元を緩めていた。太一の隣で泉田莇が訊ねる。

「一日掛かりなのかよ」

「おー。その後もなんだかんだスケジュールごたついてんな」

 週末まで忙しいとの万里の回答に太一が寂しそうに肩を落とした。誕生日当日に寮で祝う計画が破綻したことを嘆く太一に古市左京が「うるせぇ」と叱責してから呟いた。

「あとで改めてスケジュール共有しろ」

 ぶっきらぼうながらも秋組の絆の深さを物語る一言に向かい側で共に片付けをしていた伏見臣が微笑んだ。臣からそっと視線を外すと十座は片付けに集中した。その背に万里の視線が向けられていたことに気付かずに。

 

 今年も例年通りに用意したマーカーは文房具店の紙袋に収まっている。

 一日掛かりとは言うが帰宅はするだろうから夜分に押し掛ければ問題なく渡せるだろう。別に今更気遣うような相手でもない。左京が言ったように予定を詰め込みすぎた当人が悪いのだ。スケジュール管理も仕事の内。それにわざとらしささえ感じる。寮を出て初めて迎える誕生日なのだ。そこに予定を詰め込むのはあからさますぎではないか。ポストへ入れてしまってもいいが流石に我慢比べのような気がして馬鹿らしいからそれはしない。そうしてもう一つ用意したプレゼントが収まるギフトボックスを手に取ると暫し見つめる。これはマーカーとは異なり、実用性はあっても後腐れするものだ。捨てるのも悩む代物を選んだ理由は、─…離れてみて形のあるものを渡したいと思ったからだ。相手が気に入れば、の話だが身に着けるものであるから後々扱いに困るだろう。これを受け取った際の万里の反応は想像に容易いようで想像し難い。ただ必ず受け取ることは間違いない。それだけはこの六年間続けてきたやり取りから自信があった。受け取ってセンス等、文句の一つくらいは言うだろうが家まで出向いてやるのだ、それ以外の文句など言わせるものか。

 実用性があって、日々使い続けるもの。それを使ったら持ち主が満足し役目を終わらせるまで生活の一部に溶け込み─日々、目に留まるもの。帰る場所と繋がるそれは。

 十座はデスクチェアの背凭れに身を預けると手紙を書く作業を再開するのに紙袋とギフトボックスを掴むとそっと引き出しへ仕舞った。

 

 あからさまであったから気付いているだろう。だがあそこまで興味がないといった素振りをされるのも腹が立つ。まぁ、仕掛けたのは自分だが。そもそもマーカーだけを持ってくる。その状況が想像し難い。今更皆の前で渡すことに抵抗もないであろう十座の様子が思い浮かんでしまい、どうにかこうにか家に足を運ばせようと足掻いてみたのだ。勿論予定が詰まったのは嬉しい誤算であったが。最優先はMANKAIカンパニーでありつつも外で経験を積めるよう取り計らってくれる総監督には感謝してもしきれないしこうして自身の手が空いている際に何かしらの業務で声が掛かることも声を掛けて応えてもらえることも有り難かった。しかし左京に説教された通り、キャパオーバーになっては意味がない。熟せる範疇ではあるが「自分の時間は大事にしろ。それがキャパオーバーということだ」との一言は確かに一理あった。今回だけだから見逃してくれりゃあいいもんを。まっ、そんなガキくせぇ意地の張り合いも左京さんはお見通しだろう。一方的な意地の張り合いに乗ってこなさそうな十座も想像でき、万里はソファの背凭れに沈み込むと頭を掻いた。

 

 ───……

 既に二十三時を過ぎ、慌てて帰路に着いた摂津万里はエレベーターに乗り込むと家族、そしてカンパニーの仲間達と関係者達から届いた大量のメッセージを順々に確認する。こうして毎年誕生日を祝われる度に思う。昔はこうしてメッセージが届くことなどなかったと。高校時代はとにかく擦れていたし上辺だけの付き合いにわざわざ連絡先の交換など馬鹿らしくてやっていられなかった。十年前、二週間の病院送りの先にあったものが〝現在〟である。エレベーターが目的の階へと到着し扉が開く。エレベーターホールから廊下へ出たところで万里は足を止めた。

「おせぇ。腹減った」

 自身の部屋前でしゃがみ込んでいた十座は立ち上がると手に持ったランチバッグを掲げた。十座の姿を目に留め思わずにやけた万里の表情に腹を立てた十座が一言「笑ってんじゃねぇ」と叫んだので、声がでかいと口に人差し指を当て注意してから小走りで駆け寄った。

「たでーま」

「ヘマしなかったか」

「おめーとは違うつっの」

 鍵を開けて招き入れると、十座は靴を脱ぎ先に室内へ上がり込んで行った。引っ越しの手伝い以来初めて来たくせにふざけんな。十座の態度に大仰な溜め息を吐くと万里も後に続いた。

「風呂入ってこい、レンジ借りる」

「臣の手作り?」

 十座がキッチンでランチボックスを取り出しているのを隣に寄って覗き込む。こくりと十座が頷くと色とりどり綺麗に盛り付けられた三段のランチボックスを広げたので万里はカリフォルニアロールに手を出した。

「おい! 折角臣さんがソースも用意したんだ」

 中央にあったディップソースと思ったものはこれにかける用だったか、と納得しつつかけなくても十分美味いとつまみ食いをしながら伝える。

「風呂」

「入ってる内に日付変わっちまうだろ」

 そう返すと十座が手近に置かれた時計を確認した。十座の様子に期待の眼差しを向けると時計から自分へ戻ってきた金色の眼差しは呆れつつも穏やかにはにかんだ。

「摂津、誕生日おめでとう」

「おー。あんがと」

 礼を伝えてからレンジで温める前に、とランチボックスを撮影した。が、十座の手をぐいと掴んで自分の手と合わせて写り込ませるともう一枚撮影する。

「よし。で、お前からは?」

 首を傾け訊ねてきた万里に「「よし」じゃねえ」と空いた片手で万里の額に軽く手刀をお見舞いするとそのまま握られた手を引いてリビングソファに移動する。十座は背負ったままだったリュックを下ろして中から小さな手提げ袋を取り出した。

「ほら」

 十座からそれを受け取ると中身をそっと覗き込む。そこにはいつもの〝紙袋と手紙〟、そして初めて目にする小振りのギフトボックスが入っていた。そのまま紙袋を手に取り封を切るとやはりいつもの三色セットの蛍光マーカーペンが顔を出した。マーカーペンの入ったプラケースを手に取って眺める万里の瞳が柔らかく細められたのを十座は意外だといった様子でまじまじと見つめる。

 贈られる度にいつもこんな顔をしていたのか。

 それとも同室を解消したからか。先程から素直な言動をする万里の表情が俯き加減で見えづらかったので首を傾げて覗き込む。そうすると視線を上げた青色と目が合った。光や影の加減で微かに紫色を帯びるその瞳を自分が好んでいることに気付いたのはいつだったか。視線を逸らさずにいると万里が照れたように頬を掻いた。

「こっちも開けていいか」

「ああ」

 そうしてギフトボックスを手提げ袋から取り出して蓋を開けた万里が「へぇ」と声を上げた。ギフトボックスの中身は革製のキーケースだ。ナチュラルレザーのそれを嬉しそうに掲げて眺めていた万里は手を下ろすとボタンを外す。ケースを開いた先、キーフックに下がる鍵と革に焼印された自身の名前に目を丸くした。暫く固まってからそっとローマ字表記の名前を撫ぜると鍵を見て眉尻を下げた。

「一〇四号室の鍵じゃねーか」

「ああ」

「しかもルービックキューブデザインのキーカバーとか」

 万里の言う通り、一〇四号室の鍵には真鍮製のルービックキューブを模したキーカバーをつけた。

「……役者としてのお前が帰ってくる場所だ」

 そう言って得意げに笑ってみせると万里が幸せそうに目を細めた。すると万里に頭を引き寄せられ、肩口に額を寄せるように軽く抱き締められた。

「ありがとな」

「おい、感謝するなら飯の支度手伝え。腹減った」

 抗議をしてから後頭部を押さえ付けていた万里の手から抜け出す。こんな態度をされては流石に照れるではないか。偉そうに能書きを垂れ始めると思っていた。しかし、一度も手渡したことのなかった誕生日プレゼントを手渡すのは存外に悪くないものだと知ることができた。立ち上がり、キッチンに戻った十座を万里が満足そうな笑みを湛えながら追いかけた。

 

「やっぱ監督ちゃんと臣と綴が作る料理はうめぇな」

「全員手伝ってたぞ」

「んで、お前は配達員と」

 指を差してけたけたと笑った万里に十座は顔を顰めると万里の好物であるカリフォルニアロールを一つ取って頬張った。万里が俺のだ、と文句を言ったが臣は二人分として持たせてくれていたので無視をする。結局日付を跨いでしまった誕生日の御馳走はすぐに空になった。

「はー、美味かった。人が作ってくれるもんってなんでこんなに美味いんだろうな」

 万里のしみじみとした一言に自分で作るもんは味気ないのか?と十座が訊ねると万里は少し考え込んでから頷いた。

「自分しか食わないもんだからか最近雑になってきてたとこ」

「ふぅん」

 見たところ、部屋も小綺麗にしているし冷蔵庫の中身が貧相というわけでもなかった。一人でも張り合いを見つけ楽しんで生活をしていると思っていた為、万里の言葉を十座は意外に感じた。

「作ってくれる相手でも見つければいいんじゃねぇか」

 何の気なしに言った一言に返事がなく、十座が訝しんで隣へ目を遣ると万里が不機嫌そうに溜め息を吐いた。

「はぁ。……まぁ? 最近すげぇぐいぐい来られはするけどな」

「一人所帯ってのが判るんだろ」

「……へぇ」

 十座から出た意外な言葉ににやりと笑うと万里は顔を近付けた。真意を探るように十座をじっと見つめる。

「彼女なしの独身っぽい?」

「ふわふわしやがって。この隙だらけクソギツネ野郎」

 万里の揶揄いに十座が顰め面で返すと万里は再び楽しそうにけたけたと笑った。笑い終えるとクッションを抱き締めて背凭れへ身を預ける。

「そんな相手作るより味気ない自炊選ぶっつーの。それより鍵。よく許可下りたな」

「監督と左京さんに伝えたらすぐ承諾してくれたぞ」

「……お前の誕生日にはここの合鍵やるよ」

「あ? いらねぇ」

 即答した十座に「おい!」と叫んで万里は慌てて身体を起こした。その様子があまりに必死で十座は目を瞠ってから笑った。笑う十座に万里が頭を掻く。

「いや、交換つーか。そのなんだ、……カブトさんと葵士みてぇな」

「ああ? 扱き使おうってのか?」

 ちっげーよ!ともう一度抗議をすると万里は顔を覆って溜め息を吐いた。そうして膝の上で頬杖をつくと十座を見上げる。

「あの二人も長いだろ。そもそもカブトさんが出会って間もない相手に鍵を預ける時点で葵士ってかなりすげぇよな」

「あの人は人を見る目が肥えてるんだろ」

 その一言に天立甲の本質を見抜こうとする好奇心や探究心に得心が行く。天立桂樹の義理の息子、という点以外の過去など知らないがその義理の息子、という家族構成故高い観察力や洞察力を幼い頃から身に付ける必要性があった生き方と感じはする。生来の生きる術であったのか、それこそその生きる術が芝居の為、と磨かれ帰結していったのか。引っ越し後はバタバタしていて洞察力を鍛えるはずがなんだかんだと他人へ興味関心すら湧いていなかったな、と万里は乾いた笑いを浮かべた。同時に鋭いのか鈍いのか未だに分からない十座の感性を改めて好ましく思った。

「あの人らも一緒に芝居やり始めて丁度十年くらいなんじゃね。鍵、押し付けるから楽しみにしてろな」

 片眉を下げて苦笑した万里の表情に十座は逡巡してから頷いた。

「付箋と手紙は寄越せよ」

 

「ん、」

 スーパーで購入してきた二ピース収まったショートケーキを用意すると万里は顔を上げた。

「スーパーのやつかよ」

「文句言ってんじゃねぇ。寮で仕切り直しする時に臣さんが作ってくれるんだ、我慢しろ」

 実のところ誕生日だからせめて、と臣は自費で材料を用意しホールケーキを作ろうとしていたのだ。今回それを左京が止めた。言ってしまうと自身へ個別でスイーツを作ってくれる際の材料費も臣の自費である部分があり、こうして万里の好物揃いの御馳走は本人不在でも用意する辺りなんだかんだと秋組年長者として自分達を可愛がってくれる左京と臣には頭が上がらない。何故か目を泳がせ始めた十座を訝しみながら万里がショートケーキに乗った苺を頬張った。

「おい、俺のに手ぇ出してんじゃねぇ」

 二ピースどちらの苺も食べてしまった万里を鬼のような形相で睨み付けたが万里はさっきの仕返し、と舌を出した。その態度へスマートフォンを取り出し弄り始めた十座を見つめていると自身のスマートフォンがLIMEの通知音を響かせた。

「二十七日。ぜってぇ買ってこい」

 有名パティスリーのURLを送り付けてきた十座に自分達はいつまでこんなガキくせぇことをしていくのだろうかと少し呆れて、それもまぁ自分達らしい、と鼻で笑った。

 

 ───……

「帰る。ヘマすんなよ」

「いってら。おめーもヘマすんなよ」

 結局、時間も時間だった為懐かしささえ感じるデカイ鼾と歯軋りを響かせて一泊していった十座を玄関先で送り出しながら間近に迫った客演へエールを贈る。久々に見た、片足を上げて靴を履く後ろ姿に万里は目を細める。振り向いた十座がじっと見つめてくるのでどーしたよ、と訊ねた。

「摂津。……眼鏡。老眼か?」

「そーそー。老眼酷くてよ… ってんなわけねーだろ!!」

 万里の眼鏡と髪を後ろに束ねた姿を十座は再び凝視してから呟いた。

「そんなだから、言い寄られるんだ」

「はは、家ん中でしかしねーよ」

 そう言って笑うと組んでいた腕の中、握っていた昨日の誕生日プレゼントを掲げて見せびらかした。もう片方の手にはマーカーと手伝い先の台本を丸めて握っている。

「兵頭の誕生日ん時は泊めろよ」

 一〇四号室の鍵をちゃらちゃらと鳴らした万里に「勝手にしろ」と返すと十座はそのまま万里宅をあとにした。

 暫くしてから万里も玄関から通路へ出て、バイクに跨った十座を確認する。軽く手を挙げると手を挙げ返して応えてから十座は朝日の中を走り去って行った。

 実用性があって、日々使い続けるもの。それを使ったら持ち主が使い込めば使い込むほど色が深まるのと合わせて生活の一部に溶け込み─日々、目に留まるもの。帰る場所と繋がるそれを。

 自身にとってこんな価値のあるものを受け取ったからには同じものを贈りたいと思う。恐らく十座本人は理解していないだろうが定期的な手入れが必要なナチュラルレザー─ヌメ革を選ぶ辺りが十座らしい。まるでお前ではないか。それならこちらはお前の羽休めとなる場所を、深い赤…バーガンディに染色されたキーケースに添えて贈ろう。

 そうして握っていたキーケースを開くと革に焼かれた自身の名前をもう一度撫ぜた。時に苛烈で、時に朝日のような、熱を持つ十座へと思いを馳せて。

 

 ─了─

 

あとがき
十座くんですが恋心に自覚はあるものの、真っ当な道を進めばいいと思ってるので相手を作れ、などの素っ気ない発言をしています。ただ妬きはするので文句は言う。矛盾。寮の各部屋も鍵付きの部屋ではないと思っているんですが四周年の内容的に鍵があるかもしれないしまぁいいかと鍵を用意しました。
ちなみに万里くんが「ただいま」と「いってらっしゃい」を言っているのに対し十座くんが何も応えないのは、万里くんにとっては帰る場所だし何なら兵頭を囲い込もうとしてる一方で十座くんにとっては帰る場所ではないし摂津の一人暮らしをまだ受け入れたくない部分も多少あるから応えていません。革製品は使い込むほど味が出ていいですよね。財布に引っ掻き傷をつけちゃった時はショックが大きかった。
この二人はきっとここに書いた壮年摂兵になる→これ
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